1939年 嵐の予兆
ドイツ国
第2ターン · 1939年9月1日金曜日
戦争総統大本営においてポーランド侵攻作戦『白号作戦』の最終発動命令(9月1日04時45分攻撃開始)がOKHおよび空軍司令部へ正式下達され、グライヴィッツ偽装工作の中止とともに開戦名目は敵総動員とダンツィヒ自衛へ限定された。
経済ドイツ政府はH級大型戦艦および空母グラーフ・ツェッペリンの建造凍結を指令し、特殊鋼配分を戦車・突撃砲・掘削鋼管へ一挙転換するとともに、トートを首班とする軍需省を新設して主要軍需工場の二交代制を導入した。
外交イタリアのムッソリーニ首相は軍需資源の欠乏を理由に独伊英仏波の五大国緊急平和会議を電撃提案したが、ベルリンとロンドンの双方から拒絶され、非交戦中立への移行準備を開始した。
戦争ドイツ海軍潜水艦司令部は全Uボート艦長に対し、開戦後も客船への無警告攻撃を全面禁止し、商船に対する国際拿捕・臨検規則を厳守する特別訓令を緊急発信した。
外交モスクワの最高会議において独ソ不可侵条約が満場一致で正式批准される一方、赤軍総司令部は白ロシアおよびウクライナ特別軍管区における動員準備を秘密裏に下令した。
経済ブカレストにおいてルーマニア政府は将来の鹵獲兵器引き渡しを条件とする石油供給維持の非公式了解をドイツと取り交わしたが、英仏の反発を警戒して公式条約化は棚上げした。
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