1914年 火薬庫
ドイツ帝国
第1ターン · 1914年7月28日火曜日
外交駐英ドイツ大使リヒノフスキー侯爵はロンドンで英外相グレイと会談し列強による危機調停の可能性を模索したが、ペテルブルクの露外相サゾノフは独側の真意をウィーンの軍事行動を掩護する時間稼ぎと看做して警戒を強めた。
外交フランスのポアンカレ大統領がサンクトペテルブルクを公式訪問し、ロシア帝国との露仏同盟の不可分な連帯とオーストリアの単独行動に対する断固たる共同対処を確認した。
外交オーストリア=ハンガリー二重帝国はベオグラードのセルビア政府に対し、暗殺捜査への墺当局の直接参加を含む主権侵害すれすれの過酷な10箇条からなる48時間期限の最後通牒を突きつけた。
戦争セルビア王国は最後通牒に対し主権条項を除く大半を受け入れる極めて融和的な回答を手渡したものの、ウィーンは不十分として即座に国交を断絶し一部動員令を布告した。
戦争ロシア帝国はセルビア支援の姿勢を明確にするため全軍に『戦争準備期』令を極秘裏に下令し、国境地帯における軍部隊の集結態勢を整え始めた。
戦争大英帝国外相エドワード・グレイが英独仏伊の四カ国大使による調停会議を緊急提案する一方、海軍本部次官チャーチルはスピットヘッドで演習を終えた本国艦隊の動員解除を急遽差し止めた。
外交イタリア王国は三国同盟条約第7条を盾にバルカン半島におけるオーストリアの現状変更には領土代償の事前合意が不可欠であると通告し、早々と中立維持の余地を確保し始めた。
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