1560年 戦国乱世

島津家

第0ターン · 1560年6月10日金曜日
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創刊永禄三年夏、天下に将軍はあれど誰も従わず、国は五十八の家が己の力のみを頼みに境を接する乱世である。尾張では今川の大軍が三河勢を伴い織田の砦を圧し、西国では毛利と尼子が石見の銀山を奪い合い、南九州では島津・伊東・相良・琉球が互いの間合いを計っている。火種は尾張の帰趨だけではない、西国の銀山、関東の里見攻め、そして九州南部の均衡も、いつ崩れてもおかしくない。

the powers島津家: 大隅・薩摩を領する南九州の旧族で、琉球への宗主権を主張しつつ伊東・相良との境を接し、一万一千余の兵を動員しうる。

the powers今川家: 駿河・遠江・三河の三国を治める東海の最大勢力で、二万五千の軍勢を率い尾張の織田領への侵攻を進めている。

the powers三好家: 畿内と四国に七か国を擁する天下随一の富強の家で、三万の兵をもって河内の畠山を討たんとしている。

the powers北条家: 相模小田原を本拠に伊豆・武蔵まで四か国を固め、二万二千の兵で里見氏の久留里城を攻めている。

the powers毛利家: 安芸より興り備後・周防・長門の四か国を領する瀬戸内の雄で、一万七千の兵を擁し石見銀山を尼子より奪わんとする。

the powers尼子家: 出雲月山富田城に拠り五か国を称し一万四千八百の兵を持つが、石見銀山を巡る毛利の圧力に晒されている。

the powers大友家: 豊後府内を拠点に六か国の守護として三万五千の兵を擁し、南蛮貿易の利を背にしつつ門司を毛利より守っている。

the powers伊東家: 日向都於郡の伊東家は三千の兵をもって島津領の飫肥城を攻め続け、島津家との境目の宿敵である。

your standing島津家は大隅・薩摩の二国を領し、兵一万一千五百、民心は安定しているが、北の日向では伊東が飫肥を窺い、球磨・八代の相良も南下を警戒しており、南海の琉球王国はいまだ臣従を認めぬ。今このとき、兵を北へ向けて伊東との宿怨を決するか、あるいは琉球への圧力を強めて南海の富を手中にするか、はたまず両面を控えて力を蓄えるか——選択は島津家自身の手にある。

島津家の治世に記録された年代記. この号のすべての出来事は、シミュレーションによってその場で書かれました。
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