1600年 関ヶ原
宇喜多家
第3ターン · 1600年11月28日火曜日
戦争立花宗茂・毛利元康らの包囲と砲撃に晒された近江大津城の京極高次は西軍への降伏を受け入れて開城し剃髪して高野山へ向かったが、包囲軍の美濃への合流にはなお時日を要する形となった。
戦争宇喜多秀家の急使が大谷吉継・石田三成へ無事到達し、松尾山の小早川秀秋に対する警戒が共有され、大谷勢は松尾山麓に防塁を固めて迎撃陣形を敷いた。
戦争関ヶ原にて明石全登率いる宇喜多の精鋭鉄砲衆が先陣を切って猛射を浴びせ、宇喜多本隊一万七千の猛突進により東軍先鋒の福島正則陣を粉砕・後退させて戦況を優勢に導いた。
戦争崩れた福島陣を突破して家康本陣へ前進を図る宇喜多勢に対し、井伊直政・松平忠吉ら東軍後続部隊が激しい弾幕と側面攻撃を仕掛け、宇喜多隊の突出部を捉えて前線は激しい膠着戦に陥った。
政治関ヶ原の銃声が轟く中、南宮山の毛利秀元が進撃を命じるも、先鋒の吉川広家は内通の密約を守って「兵に兵糧を使わせている」と偽り道を塞ぎ続けて毛利本隊を山上にとどめ置いた。
外交松尾山の小早川秀秋は家康からの催促の鉄砲と使番を受けつつも、麓で身構える大谷勢の防備と宇喜多勢の猛奮戦を目の当たりにし、去就の決断を先送りして山上に布陣したまま静観を続けた。
戦争直江兼続ら上杉主力が出羽長谷堂城攻囲に釘付けとなっている隙を突き、伊達政宗は軍勢を率いて刈田郡へ進撃し、上杉方の守る白石城を強襲して奪取した。
戦争豊臣家 takes the last of 京極家's territory.
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