1560年 戦国乱世
クロニクル
第44ターン · 1561年4月7日金曜日
政治木下藤吉郎は柴田勝家と丹羽長秀の武名にあやかり『羽柴秀吉』への改姓を披露し、織田信長より墨俣侍頭および浅井家との軍事外交窓口として正式に承認された。
外交浅井長政は織田家との間で愛知川以北の領有確定と東山道路次警固を定めた覚書を締結し、羽柴秀吉へ改姓の祝儀を送るとともに前線の磯野員昌ら諸将へ臨戦態勢を命じた。
戦争石見国にて毛利方の吉川元春が本城常光の開城密約に基づき山吹城へ進駐して城門を接収し、大森銀山中枢の警固権を掌握して尼子方の補給退路を断った。
戦争今川氏真は駿府出頭を拒絶した曳馬城主・飯尾連竜を公儀への反逆と断じ、掛川城の朝比奈泰朝と久野宗能に軍勢を率いさせて曳馬への出陣と付城普請を命じた。
政治観音寺城の六角義賢・義治父子が公儀御内書の受諾を拒絶したため、日野城の蒲生定秀・後藤賢豊らは公儀違背として加勢を一切断ち、織田・浅井・幕府と連携した観音寺城隔離・包囲網の形成に同意した。
Orbis Alterni · AIグランドストラテジー・サンドボックス