1939年 嵐の予兆
大日本帝国
第1ターン · 1939年8月31日木曜日
外交モスクワに派遣された英仏軍事使節団とソ連首脳の協議は、ポーランド領内の赤軍通過権をめぐる対立と英仏側の曖昧な権限によって決裂へと向かった。
経済商工省および燃料局は民生用ガソリンの大幅割当制限と木炭代燃車への転換を定めた石油需給統制計画を通達し、蘭印および北樺太からの調達拡大に乗り出した。
戦争ノモンハン(ハルハ河)戦線にてジューコフ率いる赤軍の機甲・砲兵大群が総反撃を敢行し、中央の自重命令を受けた第23師団は頑強に防戦するも甚大な損耗を被った。
外交モスクワにおいて独ソ不可侵条約が電撃的に調印され、世界を震撼させるとともに秘密議定書を通じて東欧の勢力圏分割が画定された。
外交イギリスとポーランドが相互援助条約に正式調印したことで、ベルリンによる対波即時開戦命令は数日間の再編延期を余儀なくされた。
外交大本営の厳命を受けた東郷茂徳駐ソ大使がモスクワでモロトフ外相と会談し、ノモンハン国境紛争の平和的収拾に向けた停戦交渉の窓口が正式に開かれた。
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