1560年 戦国乱世
クロニクル
第52ターン · 1561年6月3日土曜日
不穏織田家の伴類が駿河および東遠江の城下・郷村へ潜入し、「氏真公が人質のみならず莫大な矢銭調達と追増出兵を命じる企図である」との流言を流布したため、葛山氏元ら有力領主層の間に駿府への不信と自衛・離反の密談が一気に広がった。
政治今川氏真は流言の出所探索を駿府の目付へ厳命する一方、掛川城の朝比奈泰朝へ天竜川東岸の監視砦補強を急がせ、駿府の人質を楯に背信者を即時処刑する旨の厳命を下達して力尽くの領内統制を図った。
戦争松平元康は曳馬城の飯尾連竜と緊密に気脈を通じつつ天竜川西岸の渡河点陣地を増強し、対岸の今川方の動揺を突いて遠江国人層への調略工作を一段と深めた。
政治三好家の松永久秀は大和・河内および和泉の境目番所へ増援を繰り出して防備を固めるとともに、堺会合衆へ奉行人連署状を発令して根来・雑賀方面への玉薬・兵糧の積出を厳禁した。
経済北畠具教は大湊・桑名・山田の湊役人および九鬼嘉隆ら志摩船手衆へ触書を下達し、尾張の新法に準拠した廻船改めと公定湊役徴収を徹底させて伊勢湾の舟道秩序を維持した。
外交熱田湊の本陣奥座敷にて織田信長と堺会合衆の今井宗久による茶の湯の会座が催され、名物茶道具の披露とともに尾張・美濃における堺商人の自由通商と玉薬調達を巡る内談が交わされた。
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