1560年 戦国乱世
北条家
第3ターン · 1560年7月1日金曜日
戦争小田原評定衆の指図により河越城および江戸城の堀の浚渫と外郭土塁・柵列の改修が急ピッチで進められ、相模・伊豆の蔵方より兵糧や矢石・薪炭の小荷駄が両拠点へ重点搬入された。
戦争越後からの動員触れに応じ、上野箕輪城の長野業正は沼田城の沼田衆らと連絡を取り合い、三国峠南口の軍道補修と米穀の集積に着手して長尾勢の越境受け入れ態勢を整え始めた。
戦争下総駐屯軍から七千を抜いて河越へ転進させる北条方の兵站下準備が国境周辺で露見し、久留里城を囲む北条前線の兵站負担が分散したことで、里見義堯は城の警戒を強めつつ持久の結束を固めた。
戦争武田晴信は千曲川沿いに築造中の海津城の縄張りを固めつつ、長尾景虎の出陣を牽制すべく信濃・越後境目の飯山方面へ物見と遊撃隊を繰り出して背後への牽制態勢を誇示した。
経済今川氏真は北条家からの要請を受け、富士・駿東の境目蔵から兵糧米二万石を金銀・精銭との引換で売り渡す準備を代官に命じる一方、三河岡崎城の松平元康の自立を警戒して遠江境目の番兵を増員した。
戦争春日山城の長尾景虎は三国街道沿いに越後国衆の主力八千余を集結させ、前関東管領上杉憲政を陣中に奉じて、秋の収穫期を待たずに関東へ越年出兵する臨戦陣容を急速に整え終えた。
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