1560年 戦国乱世

長尾家(上杉)

第4ターン · 1560年7月8日金曜日
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外交長尾景虎は上野箕輪城にて長野業正と会座し、関東管領名代の号令として常陸の佐竹義昭や下野の宇都宮広綱ら東国諸将へ里見救援と北条討伐の下知状を一斉に発出した。

戦争越後勢先鋒の上田・中条隊が武蔵・上野境目の北条方端城を急襲して外郭を焼き討ちし、深入りを避けて整然と兵を退いて北条の武蔵防衛網を激しく動揺させた。

戦争北条氏康は長尾勢の端城急襲を受けて武蔵松山城や河越城へ番兵を急派して防備を固めさせる一方、久留里城の包囲を緩めず里見方の降伏拒絶に対して監視を強めた。

政治武田信玄は長尾軍の越山と先鋒の動きを注視しつつ香坂昌信に海津城の堀切・土塁普請を一段と急がせ、北信濃の領掌安堵について長尾側の対応を見定める姿勢を維持した。

外交駿府の今川氏真は領国の崩壊を防ぐため、岡崎城の松平元康をはじめとする三河・遠江の諸士へ領地安堵の御教書と慰撫の使者を送り陣営の引き締めに努めた。

長尾家(上杉)の治世に記録された年代記. この号のすべての出来事は、シミュレーションによってその場で書かれました。
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