徳川幕府
創刊1853年6月、浦賀沖にペリー艦隊が投錨し、二百数十年続いた鎖国の建前はただ一度の来航で揺らいだ。幕府が大統領の書簡をいかに扱うかを諸大名と朝廷に諮ったことそのものが、将軍家の権威が独占されたものではなくなった証となり、攘夷か開国か、そして病弱な将軍の後継を誰にするかという二つの火種が同時にくすぶり始めている。
the powers徳川幕府: 江戸に拠り、四百万石と八万の家臣団を擁して全国の統治を主張するが、黒船を退ける海軍を持たず、諸侯への諮問という前例なき譲歩に踏み出そうとしている。
the powers水戸藩: 隠居の徳川斉昭が三十五万石を率い、攘夷と沿岸防備の即時断行、そして我が子・一橋慶喜の将軍継嗣擁立を声高に求めている。
the powers薩摩藩: 島津斉彬が七十七万石と一万五千の精兵、反射炉と洋式造船所を背景に、琉球貿易と将軍継嗣問題への発言力を通じて雄藩としての地歩を固めようとしている。
the powers佐賀藩: 鍋島直正が三十五万七千石を治め、日本最初の反射炉と鉄製大砲によって長崎警備の主役たらんとしている。
the powers福井藩: 松平慶永が三十二万石を背景に蘭学と洋式病院を興し、有力大名の幕政参加と有能な継嗣擁立を説いている。
the powers彦根藩: 井伊直弼が譜代筆頭三十五万石を率い、開国の決定は江戸と譜代のものであるべきと主張し、水戸や朝廷の介入を退けようとしている。
the powers朝廷: 孝明天皇のもとわずか三万石ながら二百年ぶりに発言力を取り戻しつつあり、異国の排除を幕府に期待している。
the powers長州藩: 毛利敬親が三十六万九千石の下関海峡を押さえ、改革財政で実質百万石に迫る富を蓄えながら、なお時機を待っている。
your standing徳川幕府よ、汝は大和・河内・和泉・摂津ほか三十一国、四百万石、人口五百九十五万、八万の家臣団を擁する天下の宗主であるが、安定は盤石ならず、水戸は攘夷と即時防備を、彦根は江戸専断を、福井は諸侯参加を、朝廷は鎖国の継続を、それぞれ異なる声で迫っている。ペリーの書簡をいかに扱うか——独断で退けるか、諸侯と朝廷に諮るか——その一事が、向こう十年の忠誠と正統性の行方を決めるだろうが、何が起こるかはまだ誰にも書かれていない。