1560年 戦国乱世
能登畠山家
第32ターン · 1561年1月20日金曜日
外交京の室町幕府にて足利義輝が細川藤孝の執奏を容れ、能登畠山家の仲介に基づき飛騨三木良頼への姉小路名跡拝領ならびに飛騨国司格式叙任の勅許・公儀御内書を下附した。
外交能登畠山家の年賀使節が京の幕府・上野厩橋城の長尾景虎および飛騨桜洞城の三木良頼へ着陣し、太刀や能登上布の献上とともに新年の友誼と越冬中の連帯を確認した。
政治能登七尾城にて奉行衆が総勢五千五百の軍役帳を確定させ、年寄衆の在地権限に配慮しつつ妻子・留守居を城下へ駐屯させる『段階的定府構想』の屋敷割草案を取りまとめた。
戦争加賀大聖寺川境目にて下間頼照が門徒衆と雑賀鉄砲隊の雪中詰番を滞りなく交代させ、宮腰湊からの兵糧搬入を維持して越前朝倉勢の境目封鎖を牽制した。
政治飛騨桜洞城にて三木良頼が姉小路名跡拝領と国司補任の宣旨を披露して家中を結束させ、仲介の労を取った能登畠山家への返礼進物の仕度と嫡男自綱の祝儀準備に入った。
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