1560年 戦国乱世

クロニクル

第1ターン · 1560年6月12日日曜日

戦争今川義元、尾張桶狭間にて織田信長の奇襲を受け、雨中の乱戦の末に討ち取られ、今川勢は総崩れとなって駿河へ退く。

戦争伊東義祐、新たな軍勢と攻城具を飫肥城下へ送り込み、島津忠親の籠る飫肥の包囲を締め上げる。

外交島津家の使者、人吉にて相良義陽に相互不可侵と現領の相互承認を申し入れ、義陽はこれを口頭の黙約として受けるが起請文は交わさず。

戦争相良家、球磨の在番衆を割いて芦北・大口方面の城々に加勢を入れる。

経済種子島時堯、島津の使者を迎え、鉄砲・硝石の優先融通と交易拡大、さらに船舶建造と航海術の伝習について協議を進めることに同意する。

外交島津の通商使者、首里にて尚元王に謁し交易の拡大を説くが、琉球側は儀礼的な応対にとどめ、使者の言動を明への報告に書き留める。

戦争大友義鎮、門司城と豊前の備えに兵糧と人数を送り、筑前・肥後の国衆へは使いを遣わして支配の揺るがぬことを申し含める。

戦争毛利元就、石見へ人数と船を差し向け、夜陰の渡河を以て大森銀山周辺の尼子方国衆を攻め立てる。

島津家の治世に記録された年代記. この号のすべての出来事は、シミュレーションによってその場で書かれました。
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