1853年 黒船来航

クロニクル

第0ターン · 1853年7月8日金曜日

創刊1853年7月8日、ペリー提督の艦隊が浦賀沖に投錨し、将軍家に拒みようのない書簡を突きつけた。二百数十年続いた鎖国の建前はこの一日で崩れ、各藩は己が何に忠誠を誓うのかを問われることとなる。最も火種となるのは、異国船への対応をめぐる幕府の権威の揺らぎと、朝廷・雄藩・鎖国派が競って主導権を握ろうとする動きである。

the powers徳川幕府: 四百万石の直轄地と譜代の大名を擁し、病床の将軍と後継争いを抱えながら、異国船来航への対応で諸藩への権威を問われている徳川宗家。

the powers薩摩藩: 日向・大隅・薩摩・奄美の七十七万石を領し、琉球を通じた密貿易と独自の海防に意を用いる外様の雄藩、島津家。

the powers長州藩: 三十六万九千石ながら村田清風の改革により実収は百万石に迫るとされ、下関の海峡を扼して交通を見張る毛利家。

the powers加賀藩: 百万石を超える日本最大の大名でありながら、日本海沿岸に見るべき砲台を持たず、江戸への配慮を第一とする前田家。

the powers熊本藩: 五十四万石、加藤清正以来の名城を擁し、学問の正統を重んじて改革派を遠ざける細川家。

the powers仙台藩: 六十二万石、伊達政宗の末裔として奥州随一の格式を誇るが、商人への借財に苦しむ伊達家。

the powers琉球王国: 十歳の王を戴き、薩摩の支配を隠しつつ清への朝貢を続けてきたが、この五月にペリーが無断で首里城に乗り込み、石炭貯蔵地を設けたことで窮地に立つ小国。

the powers朝廷: 兵も財もほとんど持たぬが、正統性を独占する京の朝廷。鎖国堅持を望む帝の意向は、いずれ幕府の決定を覆しうる重みを帯び始めている。

your standing薩摩藩よ、貴藩は日向・大隅・薩摩・奄美の四国を領し、七十七万石、人口三十九万、家臣一万五千を擁して国内随一の安定を誇る。南には琉球という秘された属国があり、異国船の出入りに直面する最前線でもあるが、その事実を幕府にも異国にも悟られてはならぬという緊張を抱えている。江戸への忠勤を貫くか、雄藩として独自に海防と洋式軍備を進めるか、あるいは朝廷や他の外様と結び幕府に圧力をかけるか——道はまだ定まっていない。

薩摩藩の治世に記録された年代記. この号のすべての出来事は、シミュレーションによってその場で書かれました。
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