1560年 戦国乱世
クロニクル
第40ターン · 1561年3月10日金曜日
戦争柴田勝家の先陣と織田信長率いる本隊は浅井長政の先導と補給を受けつつ愛知川を越え、孤立した観音寺城の六角父子を威圧しながら瀬田の唐橋を渡り逢坂関へ進出した。
外交三好家の松永久秀は山城・近江国境の逢坂関および山崎の番衆へ過分の詮議を慎むよう下達し、軍律を正した織田大軍の京都進入を約定どおり黙認した。
政治織田信長は将軍御座所にて足利義輝に拝謁し太刀・馬・礼銭を献上して公儀への忠節を示し、拝礼を終えると洛中の騒擾を避けて即日全軍を近江へ引き揚げた。
政治日野城の蒲生定秀・後藤賢豊らは南近江諸士の平穏な待機を見届け、公儀からの御内書発給を待って佐々木家名存続と本領安堵を求める調停条目の策定に着手した。
政治信長は陣中にて木下藤吉郎に美濃墨俣近傍の知行宛行状と直々の感状を下賜し、直参侍頭への抜擢と美濃・近江境目の連絡差配役を仰せ付けた。
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