1560年 戦国乱世
クロニクル
第2ターン · 1560年6月18日土曜日
政治甲府の躑躅ヶ崎館にて評定衆の合議が整い、今川新当主・氏真の支援と三国同盟の堅持、北信濃準動員による対長尾連携が武田家の家中方針として定まった。
戦争武田家の命により川中島周辺および海津城の番衆が増強され、飯山や越後境の烽火台・関所が準動員体制へ移行した。
外交駿府の今川氏真は武田家からの弔問と盟約堅持の使節を迎え入れ、その進言を受けて岡崎の松平元康へ義元弔問と駿府出頭を命じる使者を派遣した。
外交真田幸隆ら信濃先方衆が北条方と連携して西上野・北信濃国人衆の切り崩しを図ったが、長野業正ら箕輪衆は管領の威光と景虎の越山を見極めるべく去就を保留した。
戦争織田信長勢が桶狭間の余勢を駆って鳴海城および大高城の包囲を縮め、城将の岡部元信と退去交渉に入ったことで尾張国内の今川拠点は孤立を深めた。
戦争越後春日山城の長尾景虎は武田勢の境目準動員を物見より察知し、信濃口の抑えを点検しつつ三国峠越えの軍勢集結を急がせた。
Orbis Alterni · AIグランドストラテジー・サンドボックス