1939年 嵐の予兆

クロニクル

第1ターン · 1939年8月5日土曜日

戦争大本営は全戦線に向けて新規攻勢の即時凍結と現駐屯地での防守待機を厳命し、中国各地での日本軍の軍事作戦は一斉に停止された。

政治平沼首相が日中戦争終結と軍統帥是正を諮る御前会議の開催を奏請する一方、陸軍省内では青年将校らの反発が激化し政変の危機が高まった。

外交北支那方面軍が天津英租界の鉄条網を撤去して完全封鎖を解除し、日本政府は英国に対し重慶国民政府との和平調停を正式に要請した。

戦争ハルハ河東岸でソ連・モンゴル軍の圧倒的な機甲反撃を受けた関東軍は、大本営の即時撤収命令に従い多大な重装備を放棄して満洲領内へ後退した。

外交日本の三国同盟離脱通告に激怒したドイツは方針を電撃転換し、モスクワにおいてソビエト連邦との間で相互不可侵条約に正式調印した。

外交独ソ接近の急展開に直面した英国はポーランドとの相互援助条約に署名して軍の総動員準備を発令し、欧州全土は開戦直前の極限状態に突入した。

外交重慶の蒋介石は日本軍の攻勢停止と英経由の撤兵打診を慎重に確認しつつ、信憑性を見極めるため前線陣地の再編と情報精査を命じた。

大日本帝国の治世に記録された年代記. この号のすべての出来事は、シミュレーションによってその場で書かれました。
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