1560年 戦国乱世

三好家

第14ターン · 1560年9月4日日曜日
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政治将軍足利義輝より三好長慶へ河内守護職補任および領国支配を是認する御内書が下賜され、播磨国人衆からの人質収受も滞りなく完了した。

経済堺・兵庫・飾磨の主要港湾にて京升・京秤を基準とする度量衡の統一と運上金台帳の改定が着手され、三好家の代官による出納監督が制度化された。

経済堺商人を通じて南蛮船より硝石四十樽が納入されて備蓄に回され、摂津および阿波の旧寺社床下にて古土法による塩硝抽出試験場が設置された。

外交三好家の使節が大坂の石山本願寺へ赴き淀川堤防修築が治水水運のためである旨を伝達、顕如は寺内町特権不可侵を確認して修築計画を了承した。

政治河内・大和・播磨にて支城二十余箇所の破却が開始されたが、西播磨の国人衆が館城保全を求めて難色を示し進捗は半数にとどまった。

戦争安宅冬康が笠岡・鞆の浦の陣地で補給を固めて持久態勢をとるなか、呼応した尼子晴久が石見大森銀山周辺の毛利方拠点への圧迫を一段と強めた。

外交北畠具教は神戸・関両家に続いて鈴鹿山麓の土豪衆からも起請文を取りまとめ、六角家の隙を突いて北伊勢における囲い込みを前進させた。

三好家の治世に記録された年代記. この号のすべての出来事は、シミュレーションによってその場で書かれました。
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