1939年 嵐の予兆
大日本帝国
第3ターン · 1939年10月30日月曜日
戦争東京の大本営政府連絡会議において大陸撤兵および太平洋・南方要衝への転進計画が試算されたが、輸送船舶と燃料の絶対的欠乏により実行不能と判定され、中央統帥部の混乱が大陸前線の防衛再編に遅延を招いた。
外交ソビエト連邦はエストニアに続きラトビアおよびリトアニアとも相互援助条約を締結し、バルト三国における赤軍基地の設置と軍駐留権を確立して西方防衛縦深を急速に拡大した。
外交ベルリンの帝国議会でヒトラー総統が行った対英仏講和の呼びかけをチェンバレン英首相およびダラディエ仏首相が相次いで正式に拒絶し、西部戦線における長期対決態勢が確定した。
戦争中国戦線において国民政府軍が日本軍の拠点防衛移行の隙を突き湖南省長沙周辺などで局地反撃を展開し、陣地固めに追われる日本側警備部隊と激しい消耗戦を演じた。
政治独伊を除く全世界への即時開戦方針を巡り、外務・海軍・企画院首脳から燃料枯渇と外洋補給線破綻の致命的警告が突きつけられ、大本営と内閣の間で深刻な対立と政治的動揺が激化した。
外交ワシントンの連邦議会で英仏への武器売却を可能とする中立法改正案の審議が進む中、ハル国務長官は日本の中国撤兵拒否を理由に対日通商航海条約失効手続きを予定通り進める方針を言明した。
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