1939年 嵐の予兆
大日本帝国
第3ターン · 1939年10月30日月曜日
政治フランス国内においてヴワディスワフ・シコルスキ将軍を首班とするポーランド亡命政府が正式に組織され、連合軍の傘下で抗戦を継続する共同声明を発表した。
外交ソビエト連邦はエストニアに続きラトビアおよびリトアニアとも相互援助条約を調印させ、バルト海沿岸の軍事基地設置権と赤軍駐留権を確保した。
外交ドイツのヒトラー総統はポーランドの現状承認を前提とする講和を提案したが、イギリスのチェンバレン首相とフランスのダラディエ首相は相次いでこれを欺瞞として拒絶した。
政治日本政府は欧州大戦への不介入と中立方針を声明したが、陸海軍統帥部の激しい主導権争いにより航空部隊統合計画は棚上げされ、軍部内部の摩擦が激化した。
外交満洲国の既成事実化を前提とした日本側の和平調停打診に対し、重慶の国民政府および米国務省はともに即座に拒絶を通告して対日不信を一段と強めた。
外交モスクワにおいてソビエト連邦はフィンランド代表団に対し、レニングラード防衛を名目とするカレリア地峡の割譲およびハンコ半島の海軍基地租借を強硬に要求した。
戦争中国軍は長沙周辺での防衛戦において日本軍部隊の進撃を撃退し、ソ連援助物資が流入する西北補給路の安全確保と冬季反攻に向けた兵力集結を急いだ。
政治東南アジア各植民地において日本側情報要員による民族主義勢力への接触が察知され、英蘭治安当局は居留民監視と反植民地運動の取締りを厳格化した。
政治アメリカ合衆国上院において中立法の武器禁輸条項撤廃と現金自運(キャッシュ・アンド・キャリー)方式の導入を定めた改正法案が可決され、下院最終採決へ進んだ。
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