1914年 火薬庫

大日本帝国

第9ターン · 1915年3月25日木曜日
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政治朝鮮総督府は管下の憲兵および警察官吏に対し、民族的差別や理不尽な暴虐を厳禁し民心慰撫と帝国臣民としての協力を促す綱紀粛正訓令を発令・施行した。

外交日本外務省はドイツ帝国による植民地苛政と青島防衛戦における国際法違反を指弾する公式声明を発信し、英仏から賞賛を受けた一方、独側は日本の行動こそ帝国主義的侵略であると猛反発した。

外交山東を巡る不測の事態に備えた日本外務省の非公式工作に対し英露仏は一定の理解を示したものの、米政府が門戸開放原則から強い自制を促し、中国官憲による対独利敵行為の告発も確証不足として国際的孤立化は不発に終わった。

経済日本からウラジオストク港に荷揚げされた三八式小銃や実包など第一陣の軍需物資がシベリア鉄道に積載されて欧州前線へ緊急送致され、弾薬枯渇にあえぐロシア陸軍の兵站線が一部補強された。

戦争ダーダネルス海峡狭隘部に突入した英仏連合艦隊がオスマン軍の伏設機雷原と沿岸砲火に捕捉され、戦艦ブーヴェ、オーシャン、イリジスティブルの3隻を喪失して海峡突破作戦は壊滅的打撃を被った。

戦争ロシア軍の長期包囲に耐えていたオーストリア=ハンガリーの要衝プシェムィシル要塞が糧食弾薬の尽き果てた末に降伏し、守備隊11万人余りが捕虜となって同帝国のガリツィア戦線は致命的に崩壊した。

大日本帝国の治世に記録された年代記. この号のすべての出来事は、シミュレーションによってその場で書かれました。
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