1939年 嵐の予兆
クロニクル
第30ターン · 1941年12月22日月曜日
戦争支那派遣軍による要塞化防衛線の警備固定と補給路の局地遮断により、反撃戦力を失った重慶軍第一線部隊は兵站が枯渇して深刻な飢えと弾薬不足に陥り、前線からの自発的後退や潰走が相次いだ。
政治日本陸軍特務機関が延安共産軍による物資隠匿と勢力拡張の押収記録を流布した結果、四川および雲南の地方軍閥幹部は重慶中央への軍需供出をサボタージュし、部隊配置を対共産党警戒へ振り向けて西南後方の兵站統制に亀裂を生じさせた。
外交ワシントンにおいて日米両国政府は「日米年末了解」に正式調印し、日本の南進停止と仏印現状維持を担保として、対日資産凍結・石油禁輸の段階的解除および中国事変の平和的斡旋に合意した。
外交英国政府が日米了解に連動して極東秩序現状維持の実務覚書を追認し、日本外務省は豪州・蘭印・中南米へ通商再開を打診するとともに、独伊の激しい非難に対してはシベリア師団西送情報の提供実績を盾に反論して枢軸関係の冷却化を法理的に処理した。
戦争北アフリカ戦線において英第8軍の「クルセーダー作戦」がトブルク守備隊との合流を果たして同要塞の包囲を解放し、ロンメル率いる独伊軍はキレナイカ東部からエル・アゲイラへの後退を強いられた。
政治日米了解妥結と米英の対日制裁解除・和平斡旋の事実が短波放送および前線ビラで中国全土へ拡散され、米英に見捨てられたとする絶望感から重慶軍第一線部隊で集団脱走と厭戦気運が爆発的に拡大した。
経済シベリア鉄道経由で到着した欧州避難民のうち電子工学・化学・冶金の専門技術者に対し特別就労査証が発給され、理研・帝国大学・民間工場への嘱託配置と特別研究手当の執行により国産真空管と触媒開発が一段と加速した。
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