1560年 戦国乱世
今川家
第4ターン · 1560年7月8日金曜日
外交京洛にて将軍足利義輝が細川藤孝を通じて今川義元の忠節を賞し尾張の仕置を認める御内書を下賜し、勅使・幕府使節の早馬が尾張へ出立した。
外交駿府寄寓の公家衆の執奏により在京公家衆が今川家からの多額の進物を受納し、将来的な公武合体や猶子縁組に向けた家格選定の内談を開始した。
政治将軍家の御内書披露と所領安堵の布告を受け、津島会合衆および尾張中南部の国人衆が織田家から離反して今川軍への全面恭順を誓約した。
外交斎藤義龍は今川家の要請を容れて軍勢を木曽川北岸の牽制に留めることを約しつつ、戦後の北尾張および犬山城主織田信清の処遇について配慮を申し入れた。
戦争今川義元率いる二万余の本隊が清須城を重重に完全包囲し、五条川の水の手を寸断して城内外の交通を断絶させる干殺しの態勢を完成させた。
戦争河内において松永久秀の三好軍が高屋城の大手口を完全封鎖し、水の手を失った畠山高政に対し降服開城を迫る軍事的重圧を一段と強めた。
戦争南近江の六角義賢が本隊を率いて野良田へ着陣し、宇曽川沿いに布陣して抗戦の構えを崩さぬ浅井賢政の手勢に対し決戦の圧迫をかけた。
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