1560年 戦国乱世

クロニクル

第42ターン · 1561年3月25日土曜日

政治今川氏真は曳馬城の飯尾連竜による人質供出拒絶を背信と見なし、掛川城の朝比奈泰朝に天竜川東岸の防備強化を命じるとともに、久野・井伊ら遠江国人衆へ忠節起請文の再提出を督促した。

政治丹羽長秀を通じて信長の内意を受けた木下藤吉郎は、浅井家との折衝や境目差配にふさわしい武家としての新姓を定めるべく重臣の名字や旧家伝承の吟味に着手した。

経済織田家評定衆は北畠家の面目を立てた伊勢湾共同警固と船普請の談合案を調製し、熱田・津島の御用商人や船道衆を招集して大型商船の舷側補強や矢倉仕立てを定めた商船強化策を取りまとめた。

外交北畠具教は九鬼嘉隆ら志摩船手衆へ織田家との私的な直交歓を戒めて統制を固める一方、織田家評定衆より筋目を通した伊勢湾警固の談合案が示されたことを受け協議受入れの構えを整えた。

政治室町幕府の細川藤孝は日野城の蒲生定秀・後藤賢豊および織田家使節との詰めの折衝を完了し、佐々木宗家の名跡保全と国人本領安堵、東山道沿いの路次静謐を定めた公儀御内書の成案を取りまとめて将軍足利義輝の裁可を仰いだ。

戦争石見山吹城を完全包囲する毛利方の吉川元春は、糧道を断たれ飢餓に瀕する城代・本城常光に対し本領安堵と銀山支配の保全を約す誓紙を送り、尼子家からの離反と開城を迫る最終調略を仕掛けた。

織田家の治世に記録された年代記. この号のすべての出来事は、シミュレーションによってその場で書かれました。
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