1939年 嵐の予兆
大日本帝国
第1ターン · 1939年8月31日木曜日
経済海軍省と企画院は南方資源地帯からの補給航路防衛と民間タンカー動員計画をまとめ、国内製油所の稼働率引き上げと原油備蓄買い増しに着手した。
外交モスクワにおける英仏ソ軍事代表団の会談は、赤軍のポーランド通過権を巡る対立と相互不信により進展を見ず暗礁に乗り上げた。
戦争支那派遣軍は主要鉄道沿線や長江流域で物資集積を進めたが、奥地への輜重能力不足と中国軍ゲリラの妨害により前線末端部への配備は限定的にとどまった。
戦争満蒙国境ノモンハンにおいてジューコフ指揮下のソ連・モンゴル軍が圧倒的機甲戦力で総反撃を開始し、防衛再配置途上の日本軍陣地を包囲強襲して甚大な損害を与えた。
外交モスクワにおいてドイツ外相リッベントロップとソ連外相モロトフが独ソ不可侵条約に調印し、秘密議定書で東欧の勢力圏を画定して世界に巨大な衝撃を与えた。
外交イギリス政府はポーランドとの相互援助協定に正式署名して決意を示し、これを受けてヒトラーは当初8月26日に予定されていた対波攻撃発起を一時延期した。
政治防共協定を無視した独ソ不可侵条約の締結という外交的破綻に直面し、平沼騏一郎内閣は「欧州の天地は複雑怪奇」と言い遺して総辞職を表明した。
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