1560年 戦国乱世
今川家
第13ターン · 1561年7月5日水曜日
戦争朝比奈泰朝が兵を率いて刈谷城へ正式に入城し、岡部正綱は知多郡代官として大野・佐治ら沿岸の小身国衆へ水軍を誇示しつつ服属を迫った。
経済善照寺在陣の今川本軍へ義元の私財による酒肴と兵糧が配給され、一年におよぶ陣疲れと足軽の欠落は沈静化したものの、駿府の蔵米は底をつきかけた。
外交元康名代として駿府に参上した酒井忠次は主君の重病を陳弁したが、今川の重臣衆は岡崎の戦支度と遅参を厳しく詰問し、今川・松平の溝は公然たるものとなった。
戦争三好長慶・義興父子は総攻撃をかけて河内高屋城の外郭を突き崩し、畠山高政を本丸へ追い詰めて降伏勧告を発した。
政治関東管領職を継承し上杉の名跡を継いだ越後の上杉政虎(長尾景虎)は、北条への圧力を保ちつつ、麦秋の収穫と越後本国の仕置のため厩橋に宿将を残して越山帰途についた。
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