1560年 戦国乱世
クロニクル
第11ターン · 1560年8月20日土曜日
戦争毛利軍の吉川元春らは石見山吹城の水の手を断つ工事に着手するとともに、城内へ投降を勧める矢文を射込んで動揺を誘った。
戦争尼子晴久は山吹城の兵糧枯渇と水の手危機の報を受け、出雲・伯耆の軍勢を率いて自ら月山富田城を出陣し、石見の毛利包囲陣を解くべく救援軍を進発させた。
戦争飫肥城二の丸の島津忠親は配給を一人一日四合半に減らして約三十三日分の持久態勢を固め、水の手の点検と胸壁の矢狭間補強を実施した。
戦争志布志の島津忠将配下の軽兵が酒谷川下流で篝火を焚く陽動の間に、精鋭が新設の柵番所を牽制し、険しい岩壁迂回路を経て飫肥二の丸搦手へ密書一本を届けた。
戦争伊東義祐は搦手番所への夜間接近と陽動を警戒し、新設柵番所の番兵を増員するとともに夜間のかがり火を常時焚き続けるよう命じた。
経済坊津の浦奉行は志布志湊への兵糧五十石・矢五百束の納入完了を確認し、小早の沿岸護衛を伴う第二陣物資回漕計画を策定した。
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