1560年 戦国乱世
三好家
第38ターン · 1561年3月7日火曜日
外交三好家・尼子家および幕府検使の三者間で安芸・石見境目検分と吉田郡山城受け取りの合同手はずが策定され、江の川沿いの雪踏み人足と警固部隊が雪解け直後の進発に向け待機態勢に入った。
戦争安芸・周防境目の小瀬川番所で三好軍が越境警戒を固める中、幕府と三好・尼子の開城督促を受けた毛利元就は和約遵守を約しつつも残雪による山道不通を理由に吉田郡山城引き渡し手順の延期を奏聞した。
経済三好家が播磨および備後沿岸の直轄地で進めていた山陽道宿駅・伝馬所の金雇い普請が日当銭の円滑な給与により完工し、春の農繁期を前に農民の負担を招くことなく兵站路が整備された。
政治近江の六角義賢は観音寺城と山城境の関所警固を固めつつ、京の将軍足利義輝へ使節を遣わして公儀への忠誠と三好家との境目不戦の遵守を重ねて言明した。
戦争但馬の山名祐豊は播磨国境の静謐を背景に生野銀山周縁の番所および堡塁の最終仕上げを進め、三月中旬の要塞化完成に向けて防備を固めた。
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