1560年 戦国乱世

クロニクル

第15ターン · 1560年9月16日金曜日

政治躑躅ヶ崎館にて飯富虎昌が三千の後詰の総大将を拝命し、評定衆は北信濃の構えを一切割かぬ旨を重ねて定めた。

外交武田の使者が吉田・駿府へ「後詰は氏真公御自らのお求め、兵站一月分は今川方ご用意、尽きれば兵を退く」との口上を一言違わず申し述べたが、証文の取り交わしには至らなかった。

経済今川氏真は懸川の蔵に米・薪炭の繰り回しを始めさせたが、本坂の荷駄損失が響き、蔵入りは十日分ほどに留まった。

戦争松平元康は二連木の砦を足場に吉田城の外郭へ兵を寄せて付城の普請に掛かり、朝比奈泰朝は城門を閉じて打って出なかった。

戦争長尾景虎の先手は長野業正の道案内で三国峠を越え、沼田に兵糧置き場を構えて雪前の越山路を押さえた。

政治甲府の蔵前衆は約定通り国衆への年貢決済に着手し、編成分の仮割りを除いて蔵入りの乱れは収まりつつあった。

戦争三木良頼の手勢が北の谷に入り江馬方の小城を囲み、古川・小島の小領主が安堵状を受けて三木に靡いた。

戦争景虎の先手が沼田に入ったことで東国の均衡が揺らぎ、北条は久留里の囲みを薄めて武蔵へ兵を戻し始めた。

武田家の治世に記録された年代記. この号のすべての出来事は、シミュレーションによってその場で書かれました。
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