クロニクル
戦争島津忠将の手の精鋭二十余、夜陰に搦手の山道より飫肥二の丸へ潜り入り、兵糧・玉薬を運び込んで一人も欠かさず帰陣し、城方は二の丸がなお二月は保つと狼煙と口上で返す。
戦争伊東義祐、飫肥二の丸へ総掛かりをかけるが堀際で城兵の鉄砲に撃ち返され、攻め手に死傷百余を出して退く。
戦争都於郡よりの伊東後詰一千八百のうち別手五百が南郷口・都於郡道の合流点へ出て島津後詰の退路を窺うが、二筋の物見に捉えられ、忠将は条件を見定めて夜明けに側面より突き崩し、伊東勢は都於郡道へ退く。
戦争合流点の別手が崩れたことで、飫肥を囲む伊東勢は二の丸への昼夜攻めを止め、付城に籠って都於郡本隊の到着を待つ構えに転じる。
経済坊津浦奉行配下、人吉・八代の商人を表に立てて塩・陶物と材木の小口取引を試みるが、相良方は荷改めを厳しくし、取引は数荷にとどまる。
経済山川の船、奄美の在地船主より硫黄・夜光貝を直取引と明かした上で従来より高値に買い付け、王府の在番役人はその次第を首里へ書き送る。
外交種子島時堯、代銀の決着遅れに催促の使いを坊津へ送り、分割払いには応じる構えを示しつつ初回納付の期日を八月中と区切る。
政治宿老衆の立てた使者が人吉に至り起請文を重ねて求めるが、相良義陽は「口約にて足る」と不快を見せて退け、芦北の加勢衆も据え置く。
戦争毛利勢、夜の渡河で山吹城と大森の残る道を断ち、山中幸盛の尼子後詰は城の東で毛利の吉川勢と小競り合いのうえ押し返される。
政治駿府の今川氏真、遠江国衆の人質を集め直すが、三河の国衆はなお岡崎の松平元康へ流れ、今川の尾張攻めは事実上止む。
戦争織田信長、鳴海城の今川残兵を囲み、岡部元信は義元の首の返還を条件に開城の談合に入る。
戦争日向南郷にて島津後詰が伊東の別手を崩し、飫肥の囲みは攻めから持久へ転じた。