クロニクル
創刊天文は永禄と改まって三年、尾張の田楽狭間では今川二万五千と織田三千が対峙し、天下の目はそこに集まっている。だが九州の一隅、大隅・薩摩の島津家にとっての戦場はまた別にある――日向の伊東、肥後の相良、そして海を隔てた琉球王国との関係が、今年の火種になる。
the powers島津家: 大隅・薩摩二国、石高四十五万八千を領し、兵一万一千五百を動員しうる南九州の雄で、日向の伊東、肥後の相良と境を接し、琉球への宗主権を主張して譲らない。
the powers伊東家: 日向一国、石高十二万を領する伊東義祐は大友家と結び、兵三千をもって島津領内の飫肥城を幾度となく囲んできた。
the powers相良家: 球磨・八代、石高九万の相良義陽は独自の分国法を持つ山国の小勢力ながら、球磨盆地という天然の要害と八代の対明貿易港を恃みに、南北の圧力に耐えている。
the powers琉球王国: 琉球・奄美、石高十一万を領する尚元王の王国は武家を持たぬ交易国家で、明への朝貢船を保ち、薩摩の島津家が唱える特別な関係を認めていない。
the powers大友家: 筑前・筑後・豊前・豊後・肥後の五国、石高百四十一万、兵三万五千三百を擁する大友義鎮は将軍より九州探題に任ぜられ、府内でポルトガル貿易を独占し北部九州に号令する。
the powers毛利家: 備後・安芸・周防・長門、石高六十七万九千、兵一万七千の毛利元就は大内氏を滅ぼし、石見銀山を巡って尼子家と争っている。
the powers尼子家: 伯耆・出雲・石見・隠岐・美作、石高五十九万一千、兵一万四千八百の尼子晴久は月山富田城に拠り、石見銀山を毛利から守ろうとしている。
your standing島津家は大隅・薩摩の二国、石高四十五万八千、人口二十七万五千、動員兵一万一千五百、治安は高い水準にある。北には伊東家が飫肥城を巡って兵を向け、北西には相良家が球磨・八代を固めて睨み合い、南の海上には琉球王国が貢納と臣従の要求をかわし続けている――武力で日向を切り取るか、相良との国境を固めるか、あるいは琉球に対して外交と威圧のいずれを選ぶか、今この夏の一手が後の南九州の形を決めることになる。