1939年 嵐の予兆
ドイツ国
第2ターン · 1939年9月30日土曜日
外交パリの強い働きかけを受けロンドンはドラックス使節団に通過権問題での協議権限を付与したが、ワルシャワは赤軍の領内通過を依然として拒んだ。
戦争フランスは予備役の第二次招集を発令し、マジノ線後方の防御陣地を強化した。パリの学童にはガスマスクが配られ、劇場は夜間営業を短縮した。
戦争ポーランドは予備役の秘密動員をほぼ完了させ、回廊とシロンスクに野戦陣地網を築き上げた。ベック外相はダンツィヒ駐留独部隊の撤収を正式に要求した。
戦争九月十五日、ノモンハンで日ソ停戦協定がモスクワにおいて調印され、東方の憂いを除いたクレムリンは対欧交渉での発言力を一段と強めた。
外交ドイツと英仏ソの双方を天秤にかけ続けるスターリンの交渉は、英仏使節団への新権限付与によってかえって優位を増し、ベルリンとの協定は九月中に成らなかった。
外交ベルリンは米・スイス・スウェーデンへ資源輸入の拡大と決済ルートの確保を打診したが、ワシントンは中立法を盾に即答を避け、ベルンとストックホルムも様子見の構えを崩さなかった。
外交英国はブエノスアイレスとリオデジャネイロでドイツの経済接近を警戒し、通商優遇を示唆する牽制外交を強化した。
政治スイス連邦評議会は国境部隊の招集を拡大し、武装中立を改めて内外に宣言した。スロバキアは独国防軍の鉄道通過を黙認し、国境守備隊をベルリンの指揮系統に組み込んだ。
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