1914年 火薬庫
クロニクル
第1ターン · 1914年7月2日木曜日
外交サラエヴォ地方法院における厳重な取り調べにより、暗殺犯らがセルビア陸軍将校タンコシッチ少佐およびベオグラードの秘密結社『黒手組』から爆弾とブローニング拳銃の供与を受けていた事実が裏付けられた。
政治ウィーンより非公式に打診された帝国内の連邦化および実務共通言語改革の構想に対し、ハンガリーのティサ首相とブダペスト議会はアウスグライヒ体制の破壊であるとして全面拒絶を叩きつけた。
外交ワシントンに派遣された二重帝国の特使に対し、ウィルソン合衆国大統領は欧州紛争への厳正なる中立と不介入を言明したものの、対セルビア政策への外交的賛同は頑なに避けた。
外交サンクトペテルブルクを公式訪問したフランスのポアンカレ大統領はロシア皇帝ニコライ2世と会談し、三国協商の揺るぎない結束とロシアへの全面的な軍事的協力を再確認した。
外交オーストリア=ハンガリー帝国政府はベオグラードのセルビア政府に対し、反ハプスブルク運動の根絶と司法捜査への帝国官憲の介入を含む48時間の受諾期限を付した強硬な最後通牒を手交した。
外交セルビア政府は主権侵害条項を留保した宥和的な回答書を提出したが、ギースル男爵率いるオーストリア公使館は即座に国交断絶を宣告してベオグラードを引き揚げた。
外交英外相エドワード・グレイが四国大使会議による調停を提唱する一方、チャーチル海軍大臣の命令により解散予定であった英本土第1艦隊の動員待機がポートランドにて維持された。
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