1914年 火薬庫
大日本帝国
第46ターン · 1918年4月8日月曜日
政治モスクワで開催された第4回臨時全ロシア・ソビエト大会において過酷なブレスト=リトフスク講和条約が正式に批准され、人民委員会議は首都機能をペトログラードからクレムリンへ完全移転した。
戦争西部戦線サン=カンタンおよびソンム正面において、東部から精鋭師団と膨大な重砲を集結させたドイツ軍が毒ガスと突撃歩兵による未曾有の春季大攻勢「ミヒャエル作戦」を発動し、英第5軍の主防衛線を突破して猛進撃を開始した。
外交北京において日中両国政府は、行動地域の北満洲・中東鉄道沿線限定および作戦終了後の即時撤兵条項を明記した「日中共同防敵軍事協定」に正式調印し、過激派防備のための共同軍事枠組みを発効させた。
戦争コーカサス戦線においてオスマン帝国軍はブレスト=リトフスク条約に基づくロシア軍撤退の混乱に乗じて進撃し、バトゥミおよびアルダハン周辺の要衝を再占領した。
戦争ソンム戦線において英仏両軍はフェルディナン・フォッシュ将軍の下で統一部隊指揮権を確立し、アミアン手前のビレール=ブルトヌー正面でドイツ軍突撃部隊の進撃を肉薄防御により食い止めた。
外交ワシントンにおいてウィルソン米大統領とランシング国務長官は、孤立したチェコスロヴァキア軍団の救出とロシア領土不拡大を主旨とし各国派遣兵力の上限(約一万人)を明記した共同宣言草案を提示し、日本の単独無条件出兵要求を正式に拒絶した。
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