1560年 戦国乱世

蠣崎家

第0ターン · 1560年6月10日金曜日
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創刊1560年夏、今川義元が二万五千を率いて尾張に雪崩れ込み、織田信長はわずか三千でこれを迎え撃つ構えである。他方、甲斐の武田、越後の長尾、相模の北条はそれぞれの国境で睨み合い、中国では毛利が石見銀山を巡って尼子と争い、京では三好が事実上の天下を差配している——日本六十近い家が、それぞれの間合いで牙を研ぐ季節である。

the powers今川家: 駿河・遠江・三河を領し二万五千の兵を西進させる今川義元は、尾張の織田領を切り取り三河国境を固めんとする東海道随一の太守である。

the powers北条家: 伊豆・相模・武蔵を押さえ二万二千を動員しうる北条氏康・氏政父子は、関東の旧秩序を塗り替え里見の久留里城を落とさんとしている。

the powers武田家: 甲斐・信濃を領し一万五千九百を擁する武田信玄は、海無き国の宿命を負いつつ川中島の北信濃を長尾勢から守り固めんとする。

the powers毛利家: 安芸・周防・長門・備後を制し一万七千を揮う毛利元就は、石見銀山を巡って尼子家と鎬を削る中国地方の覇者である。

the powers三好家: 畿内・四国に七カ国、三万の兵力を誇る三好長慶は、将軍を奉じつつ事実上京を統べ、河内の畠山征伐に乗り出している。

the powers大友家: 豊後を本拠に九州六カ国の守護を将軍より任ぜられた大友義鎮は、三万五千の兵と南蛮貿易の富を背景に門司を守り抜こうとしている。

the powers南部家: 陸奥・津軽の広大だが痩せた地を治める南部晴政は、七千の兵と名馬を頼みに志和への南進を図る奥州随一の版図の主である。

the powers蠣崎家: 渡島の狭い地に拠る蠣崎家は、アイヌとの交易と和議によって命脈を保つ、日本列島最北の小さき家である。

your standing貴家、蠣崎家は渡島の一国のみを領し、人口五千、民心は六十を数えるに過ぎぬ小勢力である。北にはアイヌの諸村が二万の人を擁して蝦夷地を統べ、南からは津軽・陸奥を治める南部家の視線が絶えず注がれている——交易で富むか、南部の傘下に甘んじるか、あるいはアイヌとの取り決めを破るか、その選択は貴家の裁量に委ねられている。この夏、何を選ぶにせよ、渡島の海峡を越える者は皆、貴家の黙認か拒絶かを問うことになろう。

蠣崎家の治世に記録された年代記. この号のすべての出来事は、シミュレーションによってその場で書かれました。
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