1560年 戦国乱世
大友家
第5ターン · 1560年7月15日金曜日
戦争大友家の軍奉行・佐伯惟教が豊前・豊後・筑前の領内諸将へ八月十日の渡海・出陣を期する陣触れを発令し、若林水軍および豊前警固衆へ兵船・荷船の艤装と水夫徴集を命じた。
経済門司湊へ筑前・豊後からの先遣部隊と蜜重兵糧の搬入が始まり、博多や関門沿岸の徴用船が集まり始めたものの、前渡し金や宿営の手当てにより港湾一帯の米穀受給が急速に逼迫した。
戦争長門赤間関の毛利警固衆が対岸の門司湊における大友方の軍船集結と兵糧搬入の動きを目撃し、異変を察知して安芸吉田郡山城の毛利元就へ緊急の早馬を走らせた。
戦争尼子晴久が八月十日の約定まで兵を温存すべく福光城の救援強行を中止した一方、毛利元就は福光城への包囲付城網を一段と狭めて温泉津への抜け道に伏兵を敷いた。
戦争大友家から届いた兵糧二千石により後顧の憂いを絶った伊東義祐は飫肥城への包囲陣地から矢弾を射ち込み、水の手を失って渇水に苦しむ島津忠親の守備兵へ開城勧告を突きつけた。
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