1939年 嵐の予兆
大日本帝国
第5ターン · 1939年12月29日金曜日
戦争ソ連軍が11月30日未明にフィンランド国境を越えて全面侵攻を開始し、ヘルシンキが空襲を受け、冬戦争が勃発した。
外交外務省はクレーギー英大使に台湾での動きを『定期訓練の一時休止』と説明し、英国は資産凍結の即時発動を見送ったものの監視継続を通告した。
外交国際連盟はフィンランド侵攻を理由にソ連を除名した。
戦争グラーフ・シュペーがラプラタ沖海戦で英巡洋艦隊に損傷を受けモンテビデオへ逃れ、12月17日に自沈した。
戦争重慶攻勢は撤退命令が現場に届かぬまま継続し、宜昌前面で燃料と兵員の消耗が続く一方、八路軍は正太線への襲撃を再び強めた。
外交外務省筋の対重慶停戦打診は門前払いとなり、蒋介石はこれを『偽装工作』と公然と非難して英国に追加軍需支援を要請した。
戦争フィンランド軍はスオムッサルミとマンネルハイム線でソ連軍の攻勢を撃退し、赤軍は予想外の大損害を出した。
経済米国務省は対日航空機関連技術・モリブデン等の『道義的禁輸』を拡大し、日本の照会増加にも厳格審査据え置きで応じた。
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