1939年 嵐の予兆
ポーランド
第1ターン · 1939年8月31日木曜日
経済ポーランド軍務省は特殊兵器・装甲技術研究開発局を立ち上げ、ウルスス工場等で正面装甲を強化した新型戦車の設計に着手したものの、遠隔操縦爆弾構想への資材分散により現場に困惑が広がった。
外交モスクワで開催されていた英仏ソ軍事交渉は、ポーランド領内のソ連軍通過権を巡る対立と相互不信から決定的な打開を見出せず、事実上暗礁に乗り上げた。
戦争ノモンハン(ハルハ河)国境地帯において、ジューコフ指揮下のソビエト・モンゴル軍が大規模な反撃攻勢を開始し、大日本帝国関東軍の防御陣地を圧倒した。
外交ドイツ国とソビエト連邦はモスクワで不可侵条約を電撃調印し、東欧における勢力圏分割を密約したことで世界外交に激震を走らせた。
外交イギリスは独ソ協定に対抗してポーランドとの相互援助条約に正式調印する一方、イタリアのムッソリーニは軍需物資不足を理由に即時参戦は不可能である旨をベルリンへ密かに伝達した。
戦争ドイツ軍はポーランド国境周辺への大集結を完了させ、ダンツィヒ税関を巡る挑発と国境摩擦を激化させながら、最後通告の機会をうかがっている。
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