1560年 戦国乱世

クロニクル

第9ターン · 1560年8月6日土曜日

戦争飫肥城二の丸の島津忠親は搦手の険路を通じて志布志へ城内台帳を送り届け、残存兵糧約三十五日分と水の手および胸壁の健在を伝達した。

経済坊津の浦番所にて種子島船大工による小早・荷船の補修が進められ、蔵入れされた硝石十斤は防湿壺に小分けされ厳重に保管された。

戦争志布志の島津忠将は本隊を待機させたまま少数の物見を山間部へ放ち、都於郡から飫肥付城群へ至る伊東方の兵糧路と陣容を遠巻きに探査させた。

戦争河内にて三好長慶と松永久秀が畠山高政の高屋城外郭へ攻め寄せ、飯盛山城との連絡路を断つ付城網の構築を一挙に進めた。

戦争武田信玄の命を受けた香坂昌信が北信濃の千曲川沿いにて海津城の縄張普請を急ピッチで進め、真田幸隆が上田口の守備を固めた。

戦争伊東義祐は二の丸の頑強な抵抗を見て力攻めを控え、飫肥付城群と酒谷川筋の見張りを固めて志布志勢の奇襲を警戒しつつ持久包囲を継続した。

島津家の治世に記録された年代記. この号のすべての出来事は、シミュレーションによってその場で書かれました。
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