1560年 戦国乱世
佐竹家
第58ターン · 1562年11月30日金曜日
外交常陸太田城の佐竹義重は河内畠山高政からの出兵要請に対し、東国警固と遠国を理由に辞退する丁重な返書と手餞を下付し、畿内の抗争への不介入姿勢を明確にした。
経済佐竹家は鹿島神宮をはじめ領内有力寺社へ金山産金を寄進して武運を祈念させ、領内各地の郷蔵には厳冬期の払底に備えた米穀と薪炭の集積を完了させた。
戦争武蔵豊島・板橋の陣城に座す太田資正と江戸湾を扼する里見水軍が浅瀬伝いに連絡使を交わし、厳冬期の江戸城水陸完全包囲を維持するための篝火と狼煙による連携合図を取り決めた。
経済佐竹家奉行人は奥州馬喰との間で明春渡しの良馬買い付け手付を交わし、太田城下から水戸・平潟・棚倉境目に至る街道改修に向け沿道番所へ資材集積を着手させた。
戦争小田原城の北条氏康は小机城および神奈川湊の守備を固めさせ、多摩川沿いの主要な浅瀬・渡河点に物見と篝火番所を増強して長尾・太田勢の南進を警戒させた。
政治会津黒川城の蘆名盛氏は本格的な降雪期を前に中通り国人領主へ通達を発し、間道の冬期閉塞と主要街道宿所の巡回連絡網を定めて領国の越冬態勢を敷いた。
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