1914年 火薬庫

イタリア王国

第2ターン · 1914年8月27日木曜日
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外交ローマはスイス連邦政府に公式覚書を送り、その厳正中立を承認して両国境の安全を相互に確認した。

戦争オーストリア=ハンガリーはセルビアに宣戦を布告し、ドナウ河上の砲艦がベオグラードを砲撃した。

外交サン・ジュリアーノ外相はロンドン、パリ、ベルリンに会議参加の用意を通達したが、ベルリンは「墺塞間の局地問題」として四国会議を拒絶した。

戦争ロシア帝国は総動員を発令し、駅頭に予備役兵があふれた。

戦争ドイツ帝国はロシアに宣戦を布告し、二日後フランスにも宣戦して、ベルギー政府に軍の通過を要求する通牒を手交した。

外交サランドラ内閣は、墺の行動は三国同盟の防衛的性格を欠くとして参戦義務なしと判断し、イタリアの中立を公式に宣言した。

戦争独軍がベルギーに侵入し、英国は中立侵犯を理由にドイツへ宣戦を布告、四国調停会議の構想は潰えた。

経済ローマ議会は砲兵・機関銃調達のための特別軍事予算を可決したが、国債発行に伴い株価は下落し、財政派の議員が強く抗議した。

戦争ゲーベンとブレスラウは英地中海艦隊の追跡を振り切ってダーダネルスに逃げ込み、オスマン政府はこれを「購入」と称した。

戦争参謀本部はスイス国境の部隊をトレンティーノとイゾンツォ方面へ移し始めたが、鉄道の輸送能力の不足から、移動を終えた部隊は約三分の一にとどまる。

外交ウィーンのベルヒトルト伯はローマに対し、伊軍のアルプス集結を「同盟国にあるまじき示威」と抗議した一方、トレンティーノの代償については言を左右にした。

戦争日本は日英同盟を根拠にドイツへ宣戦を布告し、青島攻略の準備に入った。

戦争セルビア軍はツェル山で墺軍を撃退し、ウィーンの懲罰戦は最初の敗北を喫した。

戦争独軍は国境の会戦で仏軍を破り、ベルギー全土を席巻してフランス北部へ迫る一方、東プロイセンには露軍二個軍が侵入した。

戦争一夏のうちに全欧州が戦火に包まれ、中立を守るイタリアは三国協商と三国同盟の双方から、それぞれ代償を差し出されつつ参戦を迫られる立場となった。

イタリア王国の治世に記録された年代記. この号のすべての出来事は、シミュレーションによってその場で書かれました。
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