1939年 嵐の予兆
ユーゴスラビア
第1ターン · 1939年8月31日木曜日
外交ザルツブルクで独伊外相会談が行われ、イタリア外相チアーノはドイツの対ポーランド開戦決意を告げられるも、イタリア軍の軍備未完了を理由に早期の全面参戦に難色を示した。
外交ユーゴスラビア王国がルーマニア、ギリシャ、トルコ各政府と緊急防衛協議を行いバルカン協商の連帯を再確認したが、ブルガリアは領土修正要求を留保したまま中立維持を表明した。
外交モスクワにおいてドイツ国とソビエト連邦の間で独ソ不可侵条約が電撃的に締結され、東欧の勢力圏分割を約した秘密議定書とともに欧州の地政学的均衡が劇的に覆された。
外交イギリスとポーランドがロンドンで相互援助協定に正式調印し、英国政府はドイツの威嚇に対してワルシャワ防衛を断固支援する誓約を固めた。
政治ツヴェトコヴィッチ首相とクロアチア農民党指導者マチェクが合意文書に調印し、広範な内政自治権を持つクロアチア自治州の創設とマチェクの副首相就任による挙国一致体制が樹立された。
外交ベルリンおよびローマの情報当局はベオグラードの周辺国連携とモスクワ打診の動きを察知し、南東欧に対する外交監視と経済的牽制の準備に着手した。
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