1939年 嵐の予兆
大日本帝国
第1ターン · 1939年8月31日木曜日
外交東京で英国大使クレイギーと日本外務当局の間で天津租界問題や通商摩擦の是正に向けた事務レベル協議が開始されたが、英側は欧州の危機を優先し実質的進展は棚上げされた。
戦争ノモンハン前線において関東軍がハルハ河東岸から国境防御線への部隊後退を開始したものの、現地部隊の不満と散発的な火砲戦が依然として燻り続けている。
外交モスクワにおける英仏ソ軍事協商交渉がポーランド領内通過権をめぐる対立で暗礁に乗り上げる一方、独ソ間の極秘接近が急速に進展した。
外交モスクワにおいてドイツ外相リッベントロップとソ連外務人民委員モロトフが独ソ不可侵条約に電撃調印し、防共協定を軸としていた日本の対外方針と英仏の東欧抑止戦略を根底から覆した。
外交独ソ結託に直面したイギリスはロンドンにおいて英ポ相互援助協定を正式締結し、ドイツによるダンツィヒ侵攻に対して軍事介入を行う決意を再確認した。
政治同盟国ドイツの背信に衝撃を受けた日本の平沼騏一郎内閣は「欧州の天地は複雑怪奇」との声明を残して総辞職を決意し、東京の国政は極度の混乱に陥った。
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