1560年 戦国乱世

龍造寺家

第2ターン · 1560年6月24日金曜日
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政治桶狭間における今川義元の討死を受け、岡崎へ退いた松平元康が大樹寺を経て岡崎城に入城し、三河における自立の足がかりを築いた。

外交龍造寺隆信一行が豊後府内城へ着陣して大友義鎮に母堂と嫡男を人質として差し出し、起請文を交わして大友傘下の肥前有力領主としての公認を取り付けた。

経済平戸の松浦隆信は龍造寺家からの鉄砲・硝石買入れと南蛮兵法供与の打診を退け、南蛮貿易の独占権益を守るべく法外な高値での限定的な火薬売買のみを通告した。

戦争西肥前境目砦への兵糧集積が停止されたことを確認した有馬晴純は、国境の厳戒態勢を平時の哨戒水準へ戻しつつ諫早・高来の諸将への警戒命令を維持した。

戦争三好長慶率いる畿内軍が高屋城を巡る畠山高政の防衛線を圧迫し、河内国内の要衝への締め付けを強固にした。

龍造寺家の治世に記録された年代記. この号のすべての出来事は、シミュレーションによってその場で書かれました。
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