1560年 戦国乱世
最上家
第46ターン · 1561年9月27日水曜日
外交最上義守は山形城より京の細川藤孝へ急使を発し、大崎・相馬両家と約した境目静謐の遵守状況と、米沢の伊達輝宗が物資改めを口実に不穏な動きを見せている旨を公儀へ先んじて言上した。
経済相馬盛胤は伊具境目の番所において米沢方面へ向かう塩・鉄の荷駄を厳重に差し止め、三家盟約に基づく小荷駄改めと最上への日次注進を滞りなく遂行させた。
外交室町幕府の細川藤孝は将軍足利義輝の命を受け、米沢の伊達輝宗に対し軽挙妄動を戒め境目停止を遵守するよう促す御内書認めの手続きを進めた。
戦争越後の長尾景虎は武蔵・下総境目の関宿城付城網を一段と堅牢に固め、冬営を見据えた兵糧搬入路の確保と北条勢の間道補給遮断を徹底させた。
経済羽後の安東愛季は湊安東家との統合を踏まえ、秋田から酒田に至る沿岸廻船の警固手形改めを厳格化し、奥羽内陸の抗争をよそに海上交易の統制を強めた。
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