1560年 戦国乱世

クロニクル

第5ターン · 1560年7月8日金曜日

政治蝦夷地の惣頭はコタン長老会議を通じて本州難民に頭領と自治を認める一方、カムイの掟と同化を義務付け、小樽を拠点とする南蛮交易と大規模移民の受け入れ態勢を整えた。

経済蝦夷地の各加工場に集められた和人鍛冶や難民により鉄器鋳造と火薬調合の試作が開始され、鮭偏重を脱する薬草や高級獣皮など新交易品の開発が進められた。

戦争津軽海峡沿岸のアイヌ舟手見張り網が総動員され、南部方の軍需物資輸送船に対する威嚇臨検と海上封鎖が断行されて三戸方の海上補給路が遮断された。

戦争越後春日山城の長尾景虎は三国峠越えの路次整備と物資集積を急がせ、上野の長野業正をはじめとする関東諸士へ秋の出陣に呼応するよう檄文を放った。

戦争芥川山城の三好長慶は河内侵攻の号令を下し、松永久秀ら大和・摂津の軍勢を率いて畠山高政の拠る飯盛山城および高屋城へ向けて出陣した。

蝦夷地のアイヌの治世に記録された年代記. この号のすべての出来事は、シミュレーションによってその場で書かれました。
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