1939年 嵐の予兆
大日本帝国
第10ターン · 1940年5月27日月曜日
戦争ノルウェー中部戦線においてドイツ空軍の猛爆に晒された英仏連合軍はナムソスおよびオンダルスネスからの撤退を余儀なくされ、戦線は北部ナルヴィク周辺の包囲戦へと絞られた。
戦争支那派遣軍は南寧周辺の陣地補強とトーチカ網整備を完了し、無謀な前方掃討を抑止して弾薬・燃料の消費を圧縮しつつ、重慶軍の散発的な牽制攻撃を撃退して戦線を安定化させた。
政治ロンドンにおいてノルウェー戦の混迷を巡る激しい議会論争の末にチェンバレン首相が辞任し、対独強硬派のウィンストン・チャーチルが挙国一致内閣を組織して首相に就任した。
外交興亜院は南京の汪兆銘政府へ行政・財政顧問団を派遣し軍警察組織の育成支援に着手するとともに日華基本関係条約の起草に入ったが、重慶国民政府は徹底抗戦声明を更新した。
経済米政府は欧州戦局の緊迫化を受けて連邦議会に航空機増産と国防調達の大幅拡大を要請しつつ、対日戦略物資の個別輸出許可に関する厳格な審査基準を堅持した。
外交ソビエト連邦はフィンランドとの平和条約履行を固める一方、バルト三国に対する基地協定の厳格運用を迫り、極東においてはチタ国境委員会を通じた停戦監視に外交を限定した。
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