1914年 火薬庫
クロニクル
第19ターン · 1915年12月24日金曜日
外交ローマにおいて閣議および国王の裁可を経たイタリア外務省は、スイス連邦政府および国際赤十字委員会(ICRC)に対し、プーリア州のセルビア避難民収容施設および検疫区域における自由査察権を保障する正式通告文を手交した。
外交ロンドンにおいてイタリア特命全権大使が石炭運搬船の不当な抑留遅延に対し強い是正勧告を通達したが、英国外務省は捕獲審検裁判所の法理と対独迂回防止を理由に単独臨検体制の厳格運用を継続する旨を返答した。
経済ベルリンおよびウィーンにおいてイタリア特別貿易委員会が北欧・ルーマニア物資の陸上通過およびルール炭鉄道枠拡大を要請したが、独墺鉄道当局はブレンナー峠の輸送力飽和と自国戦時兵站を理由に即時増枠を拒絶した。
戦争ガリポリ半島において英仏連合軍がヘレス岬からの最終夜間撤収を完了してダーダネルス作戦の全面撤退に追い込まれ、オスマン帝国軍の防衛成功と協商側の甚大な作戦的敗北が世界に報じられた。
外交アディスアベバにおいてエチオピア摂政府とイタリア代表団によるマッサワ港浚渫および内陸連絡道路に関する初の実務協議が始行し、エリトリアおよびソマリランド国境地帯へイタリア商工省・植民地省の先遣調査技術団が派遣された。
外交二国間実務機関「バルカン避難民救援連絡会」の事前通告枠組みに基づき、イタリア海軍船団は武装解除済みのセルビア避難民・傷病兵のプーリア移送を平穏に継続し、オーストリア=ハンガリー側は厳格な事前登録履行を前提に哨戒監視下でこれを確認した。
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