1560年 戦国乱世
今川家
第10ターン · 1560年10月4日火曜日
政治清洲城にて岡部元信が城主に任じられ、城下に降伏を促す高札が立てられたが、柴田勝家ら主戦派諸将は姿を見せず下級武士や町衆の帰順にとどまった。
外交今川義元は美濃の斎藤家使節に対し兵糧一万石の供出を認めて労を報いたものの、国境の城割や割譲は拒絶し、斎藤側も犬山・岩倉の仕置を留保したため二年の不戦協定は確約に至らなかった。
外交知多半島の水野信元は今川の使者を受け入れて臣従の意を表したものの、黒人衆・水運の差配については既得権の安堵を盾に慎重な姿勢を崩さなかった。
戦争石見では毛利元就が離反した小笠原勢を押し立てて大森銀山への補給路を完全に遮断し、防備を固める尼子勢を山間部に孤立させた。
政治今川義元は尾張から駿河への帰途に岡崎城へ立ち寄り、松平元康に本丸を引き渡して三河仕置を委ね、その嫡男竹千代を人質として伴い駿府への凱旋の途に就いた。
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